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スリーステップ時間停止法 ☆☆☆ by中島タロー

たった三歩で心理的な時間を停止させきる方法をご紹介する1テーマ完結型ブログ。「瞬間さえも無い今」に溶け込み悟りに迫る道がここに。

3・《第一、第二ステップ・中篇》

心をフルに働かせる方法、言い換えれば心を100パーセント働かせる方法は、『覚醒の便法』においては二つ用意されております。その一つは「没入法」と言い、もう一つは「観察法」と言います。それぞれの具体的な中身を説明しましょう。「没入法」とは、「自分が今している行動に百パーセントの心で没入すること」です。そして「観察法」とは、「自分が今している行動を百パーセントの心で観察すること」です。
ここに言う行動とは日常生活の中での何らかの運動、何らかの作業、何らかの仕事などを指します。またここに言う100パーセントの心とは、自分から見ての100パーセントの心、あるいは自分の主観に映じる100パーセントの心という意味です。従ってそれは、客観的に厳密に調べたら100パーセント未満の心である可能性もあります。というより実際にはそういうことの方が多いでしょう。しかしそれで良いわけです。100パーセントという言葉に囚われ過ぎないようにしてください、ということですね。

「没入法」も「観察法」も、どちらも心を100パーセント働かせる方法という意味ではお仲間ですが、それぞれの具体的な中身は百八十度違うと言えます。何故なら、「没入法」を実践している時、我々の心は自分が今している行動の中に入っているのに対して、「観察法」を実践している時、我々の心は自分が今している行動の外に出ているからです。
ここで細かいことを申しますと、没入という言葉と観察という言葉から受けるニュアンスは人それぞれに違っている可能性もあります。これらの言葉の大まかな意味の捉え方には個人差は無いとしてもです。この手の違いというのはどんな言葉にもあり得ます。
が、それにも関わらず、次のことだけは全ての人が等しく認めざるを得ないはずです。自分が今している行動に没入している時、我々の心はその中に入っている。それに対して、自分が今している行動を観察している時、我々の心はその外に出ている。
如何でしょうか。顕微鏡を覗くように細かい眼で見れば、没入という言葉と観察という言葉から受けるニュアンスは人それぞれに違うのかも知れませんが、今申し上げたことだけは全ての方の共通認識であるはずです。何故なら我々は誰でも、体験的に知っているからです。自分が今していることが何であれ、ソレの中に心が入ってなければソレに没入することはできないし、また、ソレの外に心が出ていなければソレを観察することはできない、ということを。

前述のような共通認識さえ我々にあれば、没入という言葉と観察という言葉から受けるニュアンスの個人差なんてものは、ここでは全く問題になりません。すなわち、「没入法」と「観察法」を実践する上では、そういうことは全く問題になりません。
何故なら実は、「没入法」の真の狙いは、実践者の心を「自分が今している行動」の中に100パーセント入らせることの方にありまた、「観察法」の真の狙いは、実践者の心を「自分が今している行動」の外に100パーセント出させることの方にあるからです。
この真の狙いの前には、没入という言葉の意味、観察という言葉の意味を実践者が正しく把握できているか否かをキメ細かくチェックする意味は無くなります。
いずれにしても前出の二法を実践する際は、今申し上げたようなそれぞれの真の狙いを意識しておかれると良いでしょう。

 

もう一つの時間停止法『動的時間停止法』のことは最終ぺージで。